大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1625号 判決

被告人

園原津

主文

原判決中無罪を言渡した部分を除きその余を破棄する。

本件を岐阜地方裁判所多治見支部に差戻す。

理由

弁護人牧野良三、同新家猛の論旨第四点について。

按ずるに、本件の場合、領置にかかる塩酸ヂアセチールモルヒネ五瓦入一壜の形態が被告人の犯意の有無を決定するについて重要な証拠であることは所論の通りである。されば裁判官が公判廷に顕出された右麻薬入壜を証拠として取り調べるに際しては、まずその形態が犯罪捜査当時発見せられたときの形態と同一であるか否かを取り調べなければならない。よつてこの点について記録を精査するのに原審第二回公判調書によれば原審主任弁護人加藤三郎が、昭和二十四年十月十日附証拠申立書に基いて本件公判廷に提出された証拠物(塩酸ヂアチセールモルヒネ五瓦入一壜)は当初加藤麻薬検査官に摘発された当時のそのままでなく何人かの手によつて国防色の表包紙が剥ぎとられてあつたが包装されていると塩酸モルヒネ(一個は開封して使用中であり他の三個は同色の紙で同様に包装されてあつた)とは見誤り易く老人には一層区別が付かなかつたと主張し、この事実をも立証する為め証人として深津くわ子外一人の取調を請求したのに対し、原審裁判官は深津くわ子の取調のみを採用し他を却下したのである。そこで右深津くわ子の証人尋問調書を閲するのに同人の供述は何等右の点に触れていない。そして記録を通じこの点について取調がなされた形跡は全く存在しない。飜て原判決挙示の証拠である林義之及び加藤周三の各検察官に対する供述調書中の同人等の供述記載と上記加藤弁護人の主張とを綜合するときは所論の如く本件麻薬入壜の外形が変改せられた疑いが濃厚である。しからば公判廷に顕出せられた本件麻薬入壜の形態について上記の取調を為すことは、被告人の本件麻薬についての認識即ち犯意を認定するには是非共必要なことである。しかるに原判決はその理由において「……領置にかかる塩酸ヂアセチールモルヒネには該薬品名を表示するレツテルが貼付してあるのみならす、当公廷における検証の結果に依ると右薬品の壜と当時同一麻薬入金庫中に在つた塩酸モルヒネの壜とは其の形状及び大きさが違い一見して其差異を識別し得べく之を間違える事なき点等に基き被告人に本件薬品を所持する意思ありしものと認定する」と判示したのである。若し原審主任弁護人主張の如く本件麻薬が検査官に発見された時には包装せられてあつて原審公判廷に顕出された時と外形状況を異にしていたとすれば、右摘録のような認定に不当ということになる。即ち原判決は審理不尽による理由不備の違法あるを免れない。よつて論旨は理由がある。

(弁護人牧野良三、同新家猛の控訴趣意第四点)

一、原審主任弁護人加藤三郎提出の昭和二十四年十月十日付証拠申立書(記録一一三丁、第三回公判期日に陳述)の記載によれば、本件問題の塩酸ヂアセチールモルヒネ入りの容器は、被告人方の麻薬庫の中にあつた当時の現状が、第二回公判廷へ検察官から証拠物として提出されるまでの間に、何人かの手によつて変改が行われ公判廷に提出された現品の外形は全く違つたものになつていることが述べられている。即ち当初加藤麻薬検査官が発見した際には薬品入りの硝子ビンの上を国防色の紙で厳重に包装してあつたものが、検察官から公判廷に提出されたときには、包装紙を剥ぎとつて裸のままの硝子ビンとなつているというのである。

一、弁護人の右主張の事実は、甚だ不可解なことであつて、検察官、検察事務官又は司法警察職員が裁判官の令状によらないで検証又はこれに類する行為をすることができるのは、刑訴第二二〇條第二号の場合、即ち被疑者又は現行犯人を逮捕した際現場においてのみこれを許されているのであつて、このことは保管者がその物を任意に提出したと否とに関係がない。

原審の検察官、検察事務官等が、問題の薬品入りの容器につき、その包装を剥ぎ取つたり、破毀したり、又は薬品の内容を検出したりするような権限を裁判官から与えられた事実がない以上、これは明らかに訴訟手続に違反する不法行為といわなければならぬ。問題はそれのみに止まらず、その容器の外形が当時麻薬庫の中に一緒に並べてあつた塩酸モルヒネの容器の外形と誤認し易いものであつたか否かが本件の最も重要な争点であり、原判決は、この変形された証拠物によつて「一見して識別明瞭」と認定しているのであるが、裸のままの硝子瓶と、その上を厳重に包装紙で覆つた硝子瓶とは、その外形が著しく違うことは当然であり、況んや硝子瓶の形状色彩などの判ろう筈のないことはいうまでもない。

一、原審はかくの如く重大な事実に関する弁護人の請求を却下し、しかも訴訟手続に違反して変改された証拠物を採つて断罪の資料としたものであることが明かであるから、この点で審理不尽、訴訟手続の違反、及び事実の重大な誤認のその何れにも該当するものであり、当然に破毀を免れないと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例